新横浜 龍上海(震災~震災後初ラーメン)
本記事は、震災に対する自分自身の体験や思いを記録する事を目的として書いてあります。
ラーメンの情報以外見たくない人は見ないことをお勧めします。
3/11、会議中(1F)にいつもより大きな感じの揺れを感じ、屋外へ。
今にして思えば安易に屋外へ出ることは危険なことでした。
その後、揺れが収まり仕事に戻る(5F)が余震やってくる。1Fより5Fが揺れが大きく非常に気持ち悪い。
その後、緊急避難所へ避難し会社からは帰宅の指示が。当然ことごとく電車は動いておらず、歩いて新横浜から川崎へ。
帰る途中、ラー博の前を通るが案の定閉店していました。
会社では分からなかったが三陸沖の地震とのこと。
そこから、ひたすら歩いていくと、横浜から川崎へ入る辺りから周りの雰囲気が何か違う。
なんと、信号機が消えている。
自宅近くはゴーストタンの様な雰囲気。
とりあえず途中のコンビニで買ったパンが夕食となり暗闇の中食べることに。
夜中には電気が復活しテレビも見れるように。しかし、この段階では今回の被害の深刻さは全く認識できていなかった。
その後、様々な情報が集まってくるに従って、驚愕の事実が次から次へとどまる事をしらずにやってくる。
翌日の土曜日はharutanの誕生日、こんな状況ですが、まだ買占めなどの騒ぎも無かったのでかねてから予定していたバースデーケーキを作ることに。
見てくれも味も今一ですが気持ちが大事だよとごまかす。まだ心に余裕があったように思えます。 本当に大変なときに誕生日を迎えたね。harutan。
月曜日は朝早く会社へ。電車が満足に動いていないため自転車で向かうことに。しかし、会社からの連絡は自宅待機とのこと。
そして、火曜日のお昼。
ラー博では既にお店は再開しているとの情報もあったがラーメンを食べられる心境ではなかった。
ただ、オフィスの周りの何時もの弁当屋さんは来ておらず恐らくコンビニの弁当も十分ではない可能性もあり、外で食べれるならという事で博物館へ向かう。
そして、東北出身のお店龍上海へ。
被災者の方にも食べて欲しいとの思いから、公約通り、ラーメン一杯目、募金100円也。
店情報:横浜市港北区新横浜2-14-21/休無/045-471-2956/11:00~23:00
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